あの内容はshiyuiさんのことではありません。

私のリアル知人の話です。

本人へは直接言えないので、ここで吐き出しました。

不愉快な思いをされてたらごめんなさい

知人の“ガス抜き”に車中で4時間以上お相手しました。

しかもこの時季、北海道はかなり気温が下がってきたので

ほぼエンジン掛けっぱなしです^^;

長年の友人にもなかなか言えなかったことが

いっぱい溜まっていて、かなりストレスになっていた模様。

こんな私で申し訳ないんですが、

話してスッキリしたようなので良かった~☆

次の目標へ向かって、ガンバ!


そういう自分はというと、

心境を吐露できるような“友”は実のところいません。

悩んで眠れないこともあるけど、

結構なんとかなっちゃうもんですから。

なるようになるさ、的に・・・^^;

「辛くなったらどうしますか?」

私は満足な回答が出来なかったと思う。

その、若き友人は、届かぬところへいってしまった。


そしてまた、似たような問いかけとともに

「ひとりで海みてたよ」のメール。

電話したら出てくれたのでひと安心。

こんな、自分の事もままならない人間が

慰めるなんておかしいよね。


頑張らなくていいから。

でも、必ずいいことあるよ。

感激

2006年11月9日 こころ
先日、友人の一周忌に花を頼んだときのはなし。

本来なら花を持って法要に伺えばよいのだが、
私なんかが行ったところで話すこともなく、
通夜で一緒だった友人は別の人と行ったため
花だけ贈ることにした。

いつも「花キュ○ピッド」を使っていたが、
(頼み忘れて)日にちがぎりぎりだったため間に合わず、
贈り先住所内の花屋さんに直接電話した。

初めてにもかかわらず、この上ないくらいに丁寧な対応。
ちょっと遠いので代金は「振込で結構ですよ」と言われ、
しかも「いつでもいいですよ^^」と。
「えっ?」と、こちらが少し言葉につまると
「ええ、いつでもいいですから^^」

ここまででも満足だったが、
こちらが予定していた日に振り込めず
その翌日振り込んで夕方電話したところ、
名前を言っただけですぐに承知されて
これまた丁寧なお礼をいただいた。

花キューなどで頼むにも
実際にはどんなものが贈られているのかといつも心配だったりするが、
声のトーンも明るく爽やかで、これなら大丈夫と納得。
また次に何かの機会があれば是非、と思った。



そう思うことがあったのです。

それじゃ解決にならんなぁと思いつつ、

結局ひとはひと、ということなのかなぁ

良かれと思って言っても、判断するのはそのひと。

自分がこれだけ〜あげてるのに、的な考えはしたくない。

だけどだけど


再び・・、とならないことを願ってます



手放しで喜べない



夜のつぶやき

2006年8月18日 こころ
秘密オンリーです

盂蘭盆会

2006年8月15日 こころ
お盆、そう、お盆なんだよねぇ

我が家は仏教だけど、それほど熱心ではない。
でも比較的お供えは欠かさないようにとか考えてたりする。

というより、何故か私が一番気遣ってたりする。
(自分で言うか^^;)
都度、線香を焚いたりはしないのだが。
「気持ちの問題」との勝手な(汗)解釈で、果物やお菓子を買って来ても、ポンと仏壇に置くだけです。。

それでいて以前、母方の祖母の法事の時、母と喧嘩して欠席したり。
昨年伯父が亡くなった時は、線香をあげに行ったものの友人の葬儀と重なったため本葬儀には出なかったのだが。

身内・他人を問わず、亡くなった人には大変失礼な話だが、非業の死でもない限り、ある程度の年齢がいった方なら、まぁ仕方ないのかなと勝手に思っていたりする
(ホントは嫌なヤツ?−−;)




新盆。
正しい読みは「にいぼん」。
(しんぼんだと思ってた・汗)

Nが新盆を迎える。
お盆までには墓が建つとお父さんが言ってたっけ。

新しい墓が建つのだから、親戚等々、それなりに賑やか(?)にやると思って、今回は何も考えてなかった。
でも実際にはおおっぴらにやるものでもないので、花くらい贈るべきだったかとも。。

しかしまだ一年経ってないんだなぁ
自分にとっての日常はどんどん過ぎてゆくのに、人の死とは不思議なもの。

毎日が少しずつ変わってゆく。
なのに、写真の中の君は同じ笑顔のまま、ずぅっと・・・
もちろんいちばん辛いのは家族だろうけど。
きっとこれが何年も経つとより際立つんだよね

以前、Nのことについてあるひとに相談してみた。
返ってきた言葉は
「そのコのことは記憶の中から消去しなさい」と。

いつまでも想っていると、こちらまで引っ張られる。
そういう宗教的、あるいは霊的な概念からだ。

私自身(家族も)、霊体験というのが全く無い。
それでいて全否定なわけでもなく。
経験してないからわからない信じてない、といった感じ。

でも「消去しなさい」と言われて悲しかったのは事実。
亡くなった背景にはうつがあり、助けてあげられなかったから
忘れたくないとの思いが強かった。

落ち込んだのは一時的で、日常そのことを引きずってるつもりはなかった
たまにぽっかりと思い出すけど、くよくよしたりすることもなく

だけど本当は「忘れたくない」ではなく「忘れられない」なのかも知れない
冷静に考えるとそんな風に思えたりした。

何気なくふと思い出したのではなく、彼女が忘れられたくないから思い出させているのかも、と。

*******

つい最近聞いたことを思い出した
(ネタ元はオーラの泉だったか)
何よりの供養は、亡くなった人が心配しないようにきちんとした生活を送ること。
胸に刻んでおきたい。



皆さんが見に来てくれるのに何か書かねば!
そう思ったものの、浮かばない(汗

最近、少しずつリンクが増えている。
やたら増やしても後でチェックするのが大変になりそうだと思っていたが、
毎日見て周るのが楽しい♪

リンクしてみると意外にも、同じ人をリンクしていたり。
日本のどこかの誰かと通じている。
今さらながら、ネットは凄いと感じる。

☆☆☆☆☆☆☆

「心の病」にかかっている人は想像以上に多い。
とは言いつつ、意図的に探している部分もある。

自分なりに理解しているつもりだが、
もっともっと知りたい。
何を考え、苦しみ、どうすれば治るのか。

いい人ぶるつもりはない。
たったひとりの友人を救えなかった、
これからの使命だと思う。

全ての人を救うことは無理だが、
ひとりでも多くの人に笑顔が戻ればと思う。

あきらめないで



さよならも言わずに
この海に何を想ったのでしょう

今は知る術もありません





「夢に見たのは、墓参りに来て欲しいからでは?」
というコメントをハイジさんからいただきました。
(素直にそう思いつかなかったんだけど・^^;)
以前から墓参りをしてみようかとは思っていたので、
一気に実現に傾く

でも、自分の家以外の墓参りなんて行った事ない。
(それさえも一年に一回行くか行かないか・・汗)

そもそも、お墓のほうに納骨されているのだろうか。
あまり冠婚葬祭のしきたり等々には詳しくないが、諸事情により納骨されてない場合だってある。

まずはその辺も含め、訊いてみなくては。
場所だって知らないし。

行くタイミングは?
なるべく早く行くべきか
月命日までは半月以上あるなぁ。
でもちょうど土曜日だし、そのほうが自然か。

ひと様の墓にお参りするだけに、若干緊張。。



GWが明け、仕事が忙しくなった。
日記を書くにも頭を使うほうなんでサボりがち・・・

*****

昨日、色々と不安、不満を漏らしていたF。
今日は病院で診察を受け、少し晴々とした表情だった。

うつであることは恥ずかしいことなんかじゃない。
あせらずに、ゆっくりと歩いていってほしい。
かならず治るから



天気がいいです

昨日寝不足だったので、11時すぎまで寝てました。


それから、いつも私の日記を覗いてくださる皆さんにコメントしまくりました。

人生、それぞれ。

ひとにはわからない、辛いこともたくさんあります。

でも、あきらめないで。


あなたの気持ちをわかってくれる人が必ずいます。

あなたがこの世に生を受けた意味が必ずあります。

辛いことがたくさんあったその先には、楽しい事、嬉しい事がたくさん待っています

そう信じて、あきらめないで



自分が経験したわけでもないし、知る限りでは周りにもいなかった。
だから早速ネットで調べてみたのだけど。
結構難しい言葉が並んでる。

2月ぐらいにメールした時には、元気だと言ってたっけ。
でも「呑む気分じゃない」と呑み会を断られたんだ。
Nちゃんの死から立ち直っていたのかと思っていたけど、実は調子が悪かったのだろうか?

実家から職場まで、わずか2kmあまり。
その中間あたりに部屋を借りて一人暮らし。
でもひとりでいるのが怖くて、毎晩スケジュールをいれてる。
バレーボール、バドミントン、スナックのバイト・・

体調が悪くて病院に行ってみたらわかった。
もちろん、いきなり精神科に行ったわけではないらしいが。
でもちゃんと病院に「掴まった」だけでも良かったと思える。
以前うつの話をした時には
「薬に頼るのは怖い」
なんてことを言ってた。

うつ治療の第一の障害は「精神科」「精神病」というものへの世間の偏見と、薬への誤解。
私はそう思っている。

Fの治療にも、もっとも大きな障害がある。
親、特に母親。

Fの過去のうつや現在のPTSDに全く対して全く理解がないようだ。
むしろ「恥ずかしい」とさえ思っているらしい。
どう考えても、彼女の病気の根本的原因は「Nちゃんの死」ではなく、母親なのだ。

兄、姉、そして彼女。
昔から彼女に対してだけ、
「おまえなんか産むんじゃなかった」「おまえは拾ってきた子だ」「おまえはかわいくない」
などと言ってきた。
毎日喧嘩が耐えない、というわけではないが。
小さい頃、そんな親が嫌で家出をしたが、迎えに来たのはおばあちゃんだった。

彼女の両親は小さな会社を経営している。
従業員にも毒舌。
だから女性事務員がどんどん辞めていく。

母親の愛情に飢えた娘。
娘を罵倒する母親。
それでも娘は母親を捨てることはできないのだ。
こんな時に母親は我が娘をしっかりと抱きしめてあげなければいけないというのに

Nちゃんの自殺については、彼女の中に自責の念があるのだと思う。
Nちゃんもうつだった。
断定的に言ったが、病院で診断を受けたわけではない。
でも、明らかにうつの症状が出ていたし、親戚にもうつになっている人がいた。
自殺の引き金になったのも、親戚の女性の自殺。

彼女はNちゃんから相談を受けていた。
仲のいい友達にも相談してなかったことを相談されていたと後で知り、助けてあげられなかったと悔やんでるのだろう。

彼女の携帯にはまだ、Nちゃんからのメールが残っている。



PTSD

2006年5月1日 こころ
突然のFからの告白。
昨年のNちゃんの自殺が原因らしい。

ちょっとショックだったが、それ以上に
どう対処したらいいのかを考えると気が重い。

以前、軽度のうつを経験していると聞いたことがあった。
だから医者の診断とはいえ、「うつ」そのものではないかと私は考えている。

(つづく)